創立者はジョン・B・ヤングとチャールズ・ルイス・ティファニー(Charles Lewis TIFFANY)。
アメリカのニューヨーク市ブロードウェイ 259番地にティファニー・アンド・ヤング(TIFFANY & YOUNG)社として創立。装飾品と文房具の店としてスタート。陶器や骨董品等、厳選した商品のみを販売するという姿勢で共感を呼ぶ。
創立から間もない時期より、「ティファニー・ブルー」のボックスに商品を収めるようになる。この色は元来、イギルスのヴィクトリア王朝時代の贈答品や宝飾品等の流行色であり、当時のアメリカ合衆国においては、権利書や住民台帳の表紙として用いられていた。そして、ティファニーは、こうした重要な物に用いられた色を、「大切な商品を包む物」の色として採用した。また、このブルーボックスを飾る独自のリボン結びである「ティファニー・ボウ」は、簡単に美しく解けるように考案されたものである。
1845年、「ティファニー・ヤング・アンド・エリス(Tiffany, Young & Ellis)」社として最初のカタログを発行。現在発行されているカタログにも「ブルー・ブック」として継承されている。
1850年、「ティファニー・リード・アンド・コー(Tiffany, Reed & Co.)」社がパリに出店。
1851年、ニューヨークの銀細工師であるジョン・C・ムーアの事業を買収し、オリジナルの銀製品を発売。アメリカ企業として初めてスターリングシルバー(銀含有率92.5%以上)基準を適用。翌年、全ての銀製品をスターリングシルバー製とした。以降、ジュエリーブランドとして成長する。
1853年、チャールズ・ルイス・ティファニーが共同経営者達から経営権を買い取り、「ティファニー・アンド・コー(Tiffany & Co.)」と社名変更。ブロードウェイ 550番地に移転。その際、ファサードにティファニーの象徴ともいえる「アトラス・クロック」を冠した。そして、シードパール(小粒の真珠)を使った豪華なジュエリーがアメリカ社交界で流行することとなった。
1857年、チャールズ・ルイス・ティファニーが購入したピンクのパールがフランス王冠に使用される。
1861年、リンカーン大統領が選挙の勝利を記念して、妻にティファニーのパールのネックレスとブレスレッドを贈る。
1878年、南アフリカで発掘された287.42カラットのダイヤモンド原石を18,000ドルで購入し、128.54カラットまでカットして、90ファセットのイエローダイヤモンドである「ティファニー・ダイヤモンド」に仕上げた。
1886年、6本立爪の「ティファニー・セッティング」を発表。以後、ダイヤモンドを最も美しく魅せるものとして定着する。
以上のように、ティファニーは着実に社会に浸透し、19世紀末には諸国王室・皇室御用達のジュエリーブランドとなる。特に、ティファニーにはパールにまつわる逸話が多いため、パールはティファニーを象徴するものとして認識される。
1906年、ティファニーのスターリングシルバー基準がアメリカのシルバー基準法に採用される。
1940年、ティファニー本店をニューヨーク五番街に移転。
1955年、ウォルター・ホービングが経営権を買い取り、3代目の経営者となる。そして、「ビーンズ」等の代表作を生む立役者となる。
1996年、東京・銀座にティファニー本店をオープン。当時、銀座・中央通りの人の流れを変えたともいわれる。アトラス・クロックを冠した同店は、総売場面積約1112平方メートルもの広さを誇る大型路面店である。
1997年、「1837コレクション」を発表。
2006年、建築家であるフランク・O・ゲーリーとコラボレートしたコレクションを発表。
2006年11月9日、東京・六本木にダイヤモンドを中心に取扱う新店舗であるティファニー六本木ヒルズ店をオープン。総売場面積は約163平方メートル。
2007年12月3日、スウォッチ・グループ(Swatch Group)との提携を発表。スウォッチ・グループが新会社を設立し、「ティファニー(Tiffany & Co.)」ブランドの高級時計のデザイン、生産、マーケティング等を行う。製造は全てスイス。
2008年、ソフトバンクモバイル株式会社(SOFTBANK MOBILE Corp.)とコラボレートし、同社の2008年春商戦向けシャープ(SHARP)製の新機種「
2008年4月、アメリカのニューヨークの5番街の旗艦店の中2階にパテック・フィリップ(PATEK PHILIPPE)の時計サロンがオープン。売場面積は278平方メートル。パテック・フィリップは、自社商品以外でティファニーが取扱う唯一の商品であり、販売契約は1851年に締結された。
2008年11月、銀座のティファニー本店をリニューアルオープン。建築家は隈研吾。
